フェアバンクス日記    10月のアラスカについて

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1996年10月26日(木)

朝6時30分。
まだ外は暗く、街灯のオレンジ色の光が白いカーテンの隙間からぼんやりとこぼれる。
すぐ外で、シュジャッ シュジャッ と硬質の音。どうやら夜のうちに雪が積もったらしい。道の雪を誰かが大きなスコップですくっては捨て、すくっては捨て・・・。
コンクリートと鉄のこすれる音がいつまでも続く。

朝9時、分厚いカーテンをそっともたげると、ようやく空が透明な群青色に染まりはじめる。
この窓は東向きで、夏にはよほど左から日が昇ったのに、今ではもう右手の木立の隙間から よっこらしょう と出てくるのみ。

今日は雪らしい。

いつも地平線にあるはずの山は乳白色の空に溶けてしまい、細長いスプルースの一帯がぼうっと雪煙に霞んでいる様子は、自分がアラスカにいるのか、中国の奥地にいるのかわからなくさせる。

雪粒はとても小さく、とても軽いらしい。
みな、てんでばらばらな方向にふらふらと漂い、下から上へ、右へ左へジグザグに、丸く、木にも葉にも鳥のえさ箱にも、そしてあらゆる地面にも、音もなく降り積もっていく。

太陽は空にあるけれど、目をすえて見詰めても、ただ、白く丸い穴がぼんやりと浮かぶだけで、何の刺激も感じさせない。
これでは空気を0度以上に暖めることはできず、今日、この瞬間に降り積もった雪は、後5ヶ月は消えることがないだろう。

ジーンズをはき、いつもの緑色のジャケットにスキー用ジャンパーを着て、郵便局へ行こう。

朝あんなにいつまでも雪かきの音がしていたにもかかわらず、道の雪はすでにふんわりと積もり、ズキュッズキュッとくつの下で音をたてる。
雪が降っている間はあまり寒くないようだ。
呼吸する空気に隙間もなく雪が舞い、空気も雪もいっしょくたに吸い込みながら、変に喉が渇いたなと思う。
そうだ、今日は図書館に行って何か借りてこよう。

郵便箱に日本からの絵葉書と、ドイツからの絵葉書を見つけ、心だけ飛ぶように、足元は滑らないようにゆっくりゆっくりと、部屋へ戻る。

窓から見るこの雪景色は、なんと果てしもなく、途方もないのだろう。

雨はパチパチ、その気配がするものだけれど、雪は気配どころか、他の物音まで吸い込んで ひっそりとする。
ソファに横になり、借りてきた本を読むと、部屋の片隅からお米の吸水するピチピチという音がする。

もう夕方らしい。

しじゅうから窓のすぐ外に据え付けた緑の屋根のえさ箱に、黒と白の、小粋で小さく、すばしっこい チカディ がやってくる。

ピーナツバターを盛んにつついては、次々と飲み込み、最後にひまわりの種を口にくわえてどこかへ持ち去っていく。

チカディは季節移動をしない。
冬の夜、眠るときは体温を下げてエネルギーの無駄を防ぎ、朝日が昇ると体を小刻みに震わせて、熱を発生させ、そしてこの窓へ飛んでくるのだと。
どうかして人の手に捕まえられると、他の鳥はじっと観念してしまうのに、チカディはなんとか自由を掴み取ろうと、その小さなくちばしで、自分をつかんでいる手をあらん限りの力を振り絞ってつつきまくるのだと。

こちらのご飯時に合わせてひまわりの種をつつきにくるチカディは、もう何百回見たかわからないけれど、それでもじっと観察せずにはいられないような、そういう気持ちを起こさせるような何かを持っている。


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